2006年05月12日
入り口を閉じたり開いたり
仕事が早くに終わったのでおうちでぽちぽちネットをしていたら、
立て続けに死に関する日記を目にした。
2本ばかり。
ヒトツは飼っていた猫が死んだ話。
もうヒトツはお父様が亡くなった話。
ここ数年、喪中が続いているわけです。
祖母、祖父(あとから知ったが実は血のつながりなし。実際には大嫌いだった)、
親戚のおばあちゃん(実は本当の祖母)と来ている。
強引な言い方をすると直接的なつながりがない(もしくはその実感がなかった)人たちであり
(その悲しみは比べるものではないし、もちろん自分にとっては大きな気持ちの損失ではあった)、
ずばり自分に降りかかってくる死ではなかった。
(この場合の自分に降りかかってくる死とは両親とか兄弟とか友人とかのこととする)
昔、友人の飼っていたハムスターが死んだ。
その亡骸を手にし、話しかけている姿を見て一緒に泣いた。
ばあちゃんが死ぬ直前の異変に気がつけなかったことを悔いているじいちゃんを見て泣いた。
なんかこう、そういうことをふと思い出したりした本日です。
長く続けると余計に変な気分になるのでこの辺で。
それにしてもあたまがいたいです。
自分がどうやって死ぬのかってたまに考えたりする。
"入り口を閉じたり開いたり"へのコメントはまだありません。